予備校講師採用試験に2回落ちた九大チンカス院生の入試数学語り。

毒舌、下ネタ注意。※年々自信を失い、それに伴って毒もマイルドになってきています。

俺史上最高の出来だけど、それでもきっと落ちてしまう申請書。

 日本には「学振」と呼ばれる、優秀な博士課程の大学院生や若手研究者に生活費を支給する制度が在ります。自分の研究について述べた申請書を書いて提出し、それを審査されて大体5倍くらいの倍率を勝ち抜けば、生活に困らない程度のお金を2~3年間貰う事が出来ます。まあ学振については調べてくれればもっと詳しく書いてくれているサイトが沢山在るんで、そっちを見てもらう事にして、今回するのは、この学振に関する俺の自分語りです。

 

 さて、博士課程の大学院生の場合、学振に応募する機会は、最大で3回有ります。俺の場合、1回目の頃は研究の「け」の字も頭に無い状態だったのでそもそも応募せず、2回目3回目には応募はしたけどかすりもせずに落ちました。*1そして、今年は若手研究者向けの方の学振に応募しようとしていて、その申請書をたった今、書き上げたところです。

 我ながら、本当に良い申請書が書けたと思います。体裁の為の上っ面の言葉が一切無く、一文一文が互いに繋がって「俺は何故この研究をしたいのか?この研究は将来に何の役に立ちそうか?」という事をまじで語っています。

 けれどまあ、今回も恐らく落ちる訳で、だからこそこの``素晴らしい''申請書が、半年後には「学振落ちの紙切れ」になってしまう事が、本当に悲しい訳です。少なくとも大学院生向けの方の学振には十分通りそうな出来だと思っているので、クオリティだけなら後輩とかの参考にも十分なり得るものだと思っているのですが、落ちてしまう以上、縁起が悪くてとても他人様に見せられたもんじゃない。と言う事で、自信が無い理由は簡単で、この申請書は飽く迄「学生にしてはよく出来ているレヴェルに過ぎない」からです。何より、俺には研究業績が圧倒的に足りない。俺は未だ、論文を3本しか書いた事が有りません。更に、3本とも(俺にしては中々に頑張ったと思ってはいますが)優秀な人達からしたら、まあ大した研究じゃないんだとも思います。*2つまり、結局は「文章として優れているだけのもの」が書けたってだけなんで、多分、ライヴァル達には数学でちゃんと負けちゃうと思うんですよね。

 「俺の数学は簡単過ぎる」みたいな事を言いました。これについて、俺は現在、博士課程3年の学生な訳ですが、俺が今持っている研究成果や、或いは今取り組んでいる研究って、どれも学部生とか修士課程の頃に出来たものだと思うんですよね。「じゃあ実際、てめえはその頃、何をしてたんだ?」って話ですが「偉い人達が``良い数学''と呼ぶものを盲信して、それ等を勉強する為に身の丈に合わない分野に特攻して、結局は2年近くを棒に振った」って感じです。*3だから、身の程を弁えて確りと自分に出来る基礎から勉強してさえいれば、きっと今の自分の研究成果を、先に述べた通り学部や修士の頃に確り出せたと思うんですよね。そう思うと、今回の申請書も大学院生向けの最初の学振に提出出来た気がしますし、それならきっと通ったと思うんです。勿論「痛い目に遭って初めて自分の身の程を知った」みたいなところ迄含めて俺の実力だった訳で、「だから俺はもっと出来た筈だ」みたいな主張をする意図は全く有りません。そうではなくて、「折角こういう経験をした訳なんだから、こいつを少しでも後進の人達の役に立てたい」と思うのです。「自分で経験して知るには何年も掛かる事であっても、人から聞いてしまえば一瞬」みたいな知識が、世の中には意外と溢れている気がしていて、この「身の程を弁えた数学との向き合い方」も、その内の1つである気がします。勿論、才能が有る人なら、自分の好きなものに思う存分チャレンジすれば良いと思います。また、そうではない人にも、決して「無理だから大人しく身の程に合った数学だけやってろ」なんて言い放つつもりは一切有りません。ただ、少なくとも「修士の内にこの大理論を勉強して、この内容で修論を書いて、学振も貰うんだ!」みたいなのは、まじで無謀なんで止めといた方が良いって事です。「いや長い数学人生なんだし、況してそんな大理論なら、ゆっくり勉強すれば良いじゃないか。そうして確保した時間で、現実的なものにも目を向けてみようじゃないか」って話です。「漠然としたネームバリューへの憧れではない、ちゃんと自分の手で触れる数学」をして初めて、研究とかに関して色々と気付く事も在る様に思います。

 てか、周囲の大学院生達を見ている感じ、やっぱ論文の様に目に見える成果として「自分はちゃんと数学出来てる」みたいなものが無いと、段々と病んでいってしまう人が殆どな気がします。なので、少なくとも何かしら関わりが有る後輩とかには、出来ればそうはなって欲しくないと思う訳です。ただまあ、これも結局は俺の気持ち悪い自己満足の押し付けに過ぎない気もしますし、やっぱ人とのコミュニケイションって、難しいですよねえ。俺って多分「``他人の為を思って行動する''って設定の自分」が好きなだけで、本気で他人の事なんて考えていやしないので、この辺はまじで「俺って人間性終ってるなー」って思います。*4

 

 いや話が大分逸れましたね。兎に角、「頑張って書き上げた``素晴らしい出来''の申請書が、誰の役にも立ち得ない只の紙屑になってしまうであろう事が、とても悲しい」というお話でした。

 

 

追記:

 何かあたかも「俺のやり方が正しい」みたいな言い方しちゃいましたけど、そんな風には全く思っていません。俺は結局「難しいものに正面から立ち向かう」という事を諦めてしまった人間なので、逆に「苦しみながら大理論に正面から立ち向かい続ける」という数学のスタイルを続けた末に成功した人からしたら、俺みたいな奴の方が研究者として間違っていると思われるんだと思います。*5

 俺が正にそうなんですが、(余程信頼している相手でもない限り)他人の話なんか基本的に聞く気になれないし、結局は各々自分が正しいと思うやり方をするしか無いんでしょうね。だって俺も大して仲が良い訳でも無い``偉い先生''から「ハーツホーンを読んでない奴が研究なんてけしからん!今直ぐハーツホーンにだけ取り組め!」とか言われても「五月蝿えばーか」としか思いません。但しまあ、流石に「ばーか」とは言いませんが「あなたとは考えが違うんで、仰る通りには出来ません」くらいは言える様になりたいですよね。向こうも向こうで、これ以上俺に関わっても時間の無駄だろうし、相手の事を思っても、です。

 あの、てかこれ俺の我儘なんですけど、若し俺から「考えの押し付け」みたいなのされて嫌だって人がいたら、まじで言ってください。それで恨んだりとか絶対にしません。寧ろ嫌がっている相手に色々言っちゃう事の方が遥かに嫌なんで、はっきり言ってくれる方が有り難いくらいです。他人の言葉の裏を読もうとする割に、まじで他人の気持ちが一切判らない人間なんですよね。いや本当、人間関係って難しいわ。ハーツホーンの半分くらいむずい。*6

 

追々記:

 「きっと落ちてしまう」という表現も、推薦書を書いてくださった先生方に凄く失礼な気がしてきました。本当にごめんなさい。でも、流石に「受かりそう」とは思えませんが、正直「ひょっとしたら間違って受かっちゃうんじゃね?」くらいは思っちゃってます。それくらい(自分の中では)頑張って書けたつもりなんです。いやでもこうやって一寸期待とかしちゃうと落ちた時にまたちゃんと傷付いちゃうんで、あーもーやだー。

*1:学振は落ちると順位を付けられて返ってくるのですが、2回とも真ん中くらいでした。倍率5倍なんで、話にならない順位ですね。

*2:俺的にはまじで趣味の良い研究をしていると思っているんですが、如何せん、数学の内容自体が少々簡単過ぎるんですよねえ。

*3:いや曲がりなりにも勉強してたってんなら未だましだったんですけど、実際には学部4年の半ばから修士1年の冬辺り迄の1年以上の間、もう本当に数学が嫌で嫌で仕方が無くて、殆ど何もしていませんでした。

*4:「○○な自分が好きなだけなんじゃないのか?」って自問を普段からし過ぎているせいで、最近は何が本当の自分の感情なのか、よく判らなくなってきてしまいました。しかし、こんな風に真面目に悩んでしまう自分の事もこれはこれで本当に大好きなので、もう如何仕様も在りません。

*5:つーか俺未だ研究者じゃねーし💩

*6:てかハーツホーンハーツホーン言ってるけど、実際俺が読めなかったのは上野先生の本です。況やハーツホーンをや。誰が(俺を)数学嫌いにしたのか。