予備校講師採用試験に2回落ちた九大チンカス院生の入試数学語り。

毒舌、下ネタ注意。※年々自信を失い、それに伴って毒もマイルドになってきています。

自分の事が好き過ぎて認知が歪んできた?

 ご存じの通り、俺は自分の事が大好きで、しかもその事に自覚が有ります。*1なので「なら折角だからこれをもっと表に出して自己肯定感を高める事で、色々と頑張れる様にしよう」って事で、ここ数ヶ月、例えば「自分の顔が好き」みたいな事を明言化する様に意識してきたのですが、すると何か最近、鏡に映る自分の顔が、何だか本当にイケメンな気がする様になってしまったのです。これは``ポシティヴ''というよりは最早「認知の歪み」に近い気がするので、少し気を付けなければいけない気がしてきました。*2

 

 上記に関連して、2つ、少し自分語りをしてみようと思います:

・「個人の主観的な世界」での物事の価値と、現実世界での客観的な価値について:

 上記の通り、俺は自分の顔が好きではある一方で「自分の顔が決して世に言う``イケメン''ではない」という事も理解しています。ですがこれって考えてみれば当たり前の事で、誰だって何かしら「世間では余り人気が無いけれど、でも自分は好き」ってものが有る筈です。これは我々が個別の人格を持っている以上、極自然な事です。ですがここから生じる問題として「多くの人がこの2つを完全には区別出来ていない」という事が在ります。最も原始的な例として、小さい子供なんかがよく「自分の好きなものを仲の良い友達が好きになってくれない」みたいな理由で騒いでいる光景を、誰もが1度は目にした(或いは自身が経験した)事が有るでしょう。程度の差は在れど、大人同士の衝突の原因も、一定数はこいつなのではなかろうかと思ったりする訳です。*3この2つを個々人が確りと区別出来る様になる事が、「異なる意見を尊重する」みたいな社会への第一歩なんじゃないですかね。「(良い意味で)他人の言葉を一々気にしない/他人と比較しない」みたいなのも、この2つを区別した上で、確りと自分の主観を尊重してあげる事から始まるのではなかろうかと思っています。

 

・何で俺はこんなに自分の顔が好きか?

 これは簡単で、俺は両親の事が大好きで、そして俺の顔は両親に似ているからです。*4俺自身は父ちゃんに似ていると思っているのですが、周りからは母ちゃんに似ていると言われる事が多いですね。ところで、若かった頃の母ちゃんって(客観的にも)中々の美人だった(と俺は思っている)のですが、それに似ている筈の俺は``イケメン''ではありません。まあ俺は自分の顔好きだから如何でも良いっちゃあ如何でも良いのですが、どうせならこの方向性でもう一寸美形だったら、もう少し人生楽だった気がしますよね。*5

 

 はい以上、自分語りでした。

*1:自分の事が好きな人間は世の中に腐る程いますが、それをちゃんと自覚出来ている人って、恐らくあんまりいないですよね。

*2:まあこうして「気を付けよう」という認識が出来ている時点で、何の問題も無い思いますけどね。流石俺様☆

*3:最も愚劣な例を挙げれば、政治思想の衝突とかって、大多数はこれですよね。言葉だけ色々と覚えても、根本的な知能は子供と何ら変わり在りません。寧ろ「自分達は高尚な事をしている」みたいに勘違いしている分、余計に性質が悪い。他には、自分の過去のツイートで恐縮ですが、次の様な話題も在ります:https://twitter.com/okazar1992/status/1295952282194817024

*4:俺が父ちゃん母ちゃんを好きな理由は沢山有るのですが、書き出すと切りが無さそうなので今日は止めておきます。兎に角、人の親として素晴らしい人達だと思っています。

*5:繰り返しになりますが「この方向性で」です。メディアなんかで``なりたい芸能人の顔''みたいなのを時々目にしますが、まじで在り得ませんよね。自分にプライドとか無いんですかね。他人の顔とか絶対に嫌だわ。

俺は「``数学が好き''という設定の自分」が大好き!

 いつの時代も世の中は「卒業ブーム」です。学生でもない大人達が、何かに付けて何かを``卒業''したがるじゃないですか。個人レヴェルの話だと趣味とかがそうだろうし、他には最近、某友人が矢鱈と「Vチューバーの誰々が卒業卒業」五月蠅いんですが、これも正にそうですよね。何なんすかねこれ?全部とは言いませんけど、多分、普通の日々の中に、こういう``卒業''みたいな``ハレの日''を無理矢理作り出して、``劇的な人生''を演出したいだけなんじゃないですかね?こう言うと「違う!本当は好きなんだけど諦めざるを得なくて…」みたいな反論をしてくる人が一部いると思うんですけど、こう言う人に対して俺が言いたい事は1つ:「いや、好きなら負担にならない範囲でだらだらと続けりゃ良いじゃん」です。*1「続ける」って発想が無い時点で、もう趣味にしろ何にしろ、それ自体の事を余り好きではなかったって事だと思うんですよね。

 

 と言う事でお待たせしました。俺がしたいのは「趣味↦数学」とした自分語りです。以前:

数学を続ける(続けたい)理由。

にも書いた通り、俺はもう数学の勉強はあんまり好きではないです(てか寧ろ偉そうな糞っ垂れ大数学者閣下様共が書いた糞みたいに読み難い文章読むの本当に大嫌い)。研究は上手くいっている時は楽しいですが、うーん如何なんだろう、正確には判らねえや。*2一方で、これは絶対の確信を以て断言出来ますが、タイトルの通り、俺は「``数学が好き''という設定の自分」の事はもうまじで大好きです。この気持ちならまじで誰にも負けねえ。同率一位の可能性は在ったとしても、間違い無く世界最強です。だから俺はこの世界最強の座を守る為に、何が在っても絶対にだらだらと数学を続けてやるぜ!

 

 と言う事で、俺が言いたかった事は1つ:

「``〇〇が好き''って設定」を舐めんな!○○を完全に卒業しちまった時点で、てめえは「そもそも○○が本当は好きではなかった」ってだけではなく「``○○が好き''って設定の自分」すら諦めちまったんだよ!

って事です。

 

 あ、すみません。これだけです。ツイッターに書くには字数多そうな気がしたんですけど、ブログの記事にしては少なかったな。

*1:勿論「スポーツカーレースの選手」みたいな個人の好き嫌いだけでは原理的に継続不可能なものは除きますよ。飽く迄、個人の趣味みたいなものの話です。

*2:あ、でも論文にしろ自分が作ったノートにしろ「俺がした数学」は大好きです。て言うか俺が好きです。

ドラゴン桜2の感想。

 先日のドラゴン桜2の最終回が好き過ぎて興奮してもう如何すれば良いのかよく判らないので、取り敢えず感想を書いてみます。

 

 先ず、俺は前作からの大ファンです。やまぴーの劇中挿入歌とかめっちゃ聴きましたね。1番好きなシーンは、東大落ちた小池徹平に一橋卒のお父さんが「お前は頑張った」って言うシーンです。後は、東大二次初日のシーンで流れるBGMが滅茶苦茶好きなんですが、これ、サントラに入ってなかったんですかね?*1

 

 っつー事で初めは「前作のファンとして、一応、見ておくか」程度の期待だったのですが、いや素晴らしい裏切られ方をしました。ですがその素晴らしさを如何書けば良いのかよく判らないので、取り敢えず、好きな登場人物毎に印象を書いてみます。

 

・藤井

 本作の主人公。「可愛い」の権化。しかし最終話で一気に「勇者藤井」にジョブチェンジ*23話の時点で主役側に回るだろうと容易に予想出来ましたね。ああいう周囲への攻撃的な態度は、コンプレックスの裏返しなのだと相場が決まっています。まじで昔の自分(今も?)と凄く重なるキャラクターなんで、本当に大好きです。但し、俺との最大の違いは、兎に角、可愛いんですよね。例えば:

  • 東大志望なのに共通テスト8割一寸なのポンコツ可愛い;
  • 小杉の方が精神年齢上なの可愛い(「あんた、尻尾巻いて逃げる気?」);
  • 馬鹿って言いつつ東大専科気になっちゃってるの可愛い;
  • 豆腐メンタル可愛い;
  • 意外と寝相が良いの可愛い;
  • 桜木先生のアドヴァイスに素直に感心しちゃうの可愛い;
  • カレー奢ってくれた水野先生に目立たず会釈してるの可愛い;
  • 天野励ますの下手かよ可愛い;
  • 一寸良い子になって悪態付いてた先生に挨拶返すの可愛い;
  • 健太に貰ったであろうクワガタのストラップ付けてるの可愛い(ツイッター情報);
  • 健太にバナナ貰って素直にお礼言えるの可愛い;
  • 「ロボット作りたい」とか少年かよ可愛い;
  • 「お前らは再来年ぐらいまでかかるんじゃねえの?」やっぱり藤井で可愛い。しかしこれは或る種「遅くとも再来年には受かるだろう」って事で、最後には岩井と小橋をちゃんと認めてるのも可愛い,

辺りでしょうか。因みに俺的に1番可愛いと思ったシーンは、模試で「やばいやばい」みたいに言っていたとこです。

 「主人公」ってのは強ち間違いではないと思っていて、つまりドラゴン桜2は、初めは可愛いだけだった藤井の成長物語なんですよね。健太を助けたシーンは勿論ですが、助けた後、自分の怪我も顧みず、「あいつらに試験中も何かされたんじゃねえか?」ってさらに気を回せたところも最高です。優しさと頭の良さを兼ね備えた、本物のヒーローへと成長しましたよまじで。落ちた後の「認めるわ。俺馬鹿なんだよ」には本当に泣かされました。自分の弱さから目を背けていたタイプがいつか必ずぶち当たる現実です。この悔しさ、本当に痛い程によく解ります。*3だけど藤井はちゃんと乗り越えられそうですね。*4「そういう自分になれた事が嬉しくて嬉しくて…」って台詞も本当に素晴らしい。どれだけ根は良い奴なんだよ。育った環境のせいで捻くれただけで、藤井は間違い無く性善説側の人間ですね。ここは俺と全然違います(俺の根性がひん曲がっているのは多分産まれ付き)。羨ましい。

 最初は「気持ち解るわー」って思って見ていたのに、最終話で一気に俺よりもずっとちゃんとした大人になっちゃって、嬉しい様な寂しい様な気持ちです。いや本当に素晴らしいキャラクターでした。ツイッターでも同じ事を言いましたが、まさか日本のドラマにこれだけ素晴らしいキャラクターを生み出すポテンシャルが有ったとは。役者さんも本当に適任だったと思います。良いものを観させてもらいました。もう本当、只々感謝です。

 最終話、観る前は「(やまぴーとか)前作組が出て来る王道胸熱展開」を期待していたのですが、蓋を開ければ完全に「勇者藤井」の物語でした。いや本当に(良い意味で)期待を裏切られましたね。本当に感謝です。

 実は周囲の登場人物達とフラグを立てまくっているプレイボーイでもありますね。天野とのライヴァルカプも良いですし、小杉との精神年齢差カプも在りですし、健太との「天才×常識人」も手堅いです(数学で言うところの「ハーディ×ラマヌジャン」型)。意外なところで、早瀬と「毎日喧嘩してるけど実はお互い尊敬している」みたいなのも在りかも知れません。しかし藤井の本当の片想いの相手は矢張り桜木先生です。

 

・岩井と小橋

 仲良し愛され坊主。「お前らどんだけ仲良いんだよ?」可愛い。俺も大好きです。しかしどっちが岩井でどっちが小橋かは最後迄覚えられなかった。1話とのギャップが兎に角、凄い。素直さの権化。小杉と健太を助けるシーンは最高でした。来年、必ず受かって欲しいですね。

 

・瀬戸

 序盤の``食えない敵役''感は何処へやら。東大専科合流後は只のポンコツキャラになってしまいました。だがそこが可愛い。東大二次開始直前の周りの受験生を見た感想、めっちゃ好きです。てかこのシーンの3人目の発狂してる奴、まじでリアルですよね。俺も何処か受験した時に全く同じ奴を見ましたよ。瀬戸屋のラーメン、俺も食いたいです。てか腹減ってきた。

 

・小杉

 沢山食べる女の子大好きです。お姉ちゃん属性の持ち主で、主に健太と藤井に対して発動しています。お父さんの件や岩井小橋に助けられるシーン等、正統派のヒロイン属性も持っています(しかし、俺的にはお姉ちゃん属性一本でいって欲しかった気も…)。

 1番、ヒロインらしいヒロインだったと思います。役者さんも正統派美人だし。

 

・健太

 藤井を主人公だと思った場合のヒロイン。

 いや俺も虫、大好きなんで、虫に優しい奴も好きです。健太の虫籠を蹴飛ばしたシーンは、俺は唯一、藤井に「それはいかんやろ」と思いましたね。

 てか役者さん、発達障害の演技、上手過ぎだろまじで。個人的には、写真記憶で自分の受験番号を見付けた直後の「麻里ちゃん」の言い方が好きです。

 

・岩崎

 1話の万引きシーンで商品をポケットに入れた瞬間の身体を反転させる動きが中々美しかった様に記憶しています。後は合格発表の時の瀬戸のネクタイを引っ張るシーンも好きです。役者さんの動きが良い。

 他人を煽る割に自分は親に何も言えない言えないところとか「リアルな若者だなー」って印象でした。

 バドミントンの動きは精々地区大会レヴェルな気がしますが、*5まあでも地区大会レヴェルには動けている印象でもあったんで、役者さんはひょっとしたらバドやってたのかも知れないですね。

 

・早瀬

 逞しい女。金持ちの慶應ボーイとか捕まえて1番成功しそうな子です。兎に角、役者さんが可愛い。

 

・天野

 気弱キャラに擬態した生粋のラッパー。そう言えば桜木先生とは大河ドラマ天地人」でも共演していましたね。「わしは東大専科、来とうはなかった!」

 

・天野弟

 いやこれはずるいって最終話で一気に好感度爆上げやん。登場シーンは少なかったですが、藤井に匹敵するポテンシャルを持っていると思いました。いや本当、あの振り向きざまのドヤ顔、まじむかつくわー(誉)。

 このまま優秀キャラを突き進むも良し、何処かで詰まった時に東大生のお兄ちゃんを頼ってみるも良し。可能性の幅はとても広いと思います。

 理III A判定でしたが、高1の模試の偏差値は高校受験の貯金だけで意外と高く出ちゃったりするんで(俺もそうでした)、油断せずに頑張って欲しいですね(でもあのドヤ顔から察するに、その心配は無えか)。

 

・岩崎両親

 最終話直前迄、余り良い印象は無かったんですが、最終話のお父さんのおにぎりはやられましたね。親父不器用かよ可愛い。お母さんも良い味出してました。

 いや藤井も岩井小橋も天野弟もそうですが、俺ってやっぱ、根っからの善人より改心した奴のギャップに弱いみたいですね。

 

・理事長

 やり方はまずいが根は良い人。でもちゃんと人の言う事に耳を傾けられる人なので、印象は凄く良かったです。俺も見習うべき点は多い様に思いました。

 恐らく最終話辺りで桜木先生に惚れているので、つまり藤井のライヴァルという事になるのですが、一方でその藤井に対しては劇中の台詞でしばしば年上属性を発動したりもしているので、今後の動向が全く読めないです。

 てかこの役者さん、前作にもヤンキー役で出てましたね(ツイッター情報)。言われる迄、全然気付きませんでした。

 

・ホモ校長

 良い味出してました。只の小者ではなく、ちゃんと面白いです。

 

 

 いやまあこれで一通り言いたい事は言えた気がします。大分すっきりしてきました。何か滅茶苦茶「可愛い」って言った気がします。如何やらドラゴン桜2は俺にとって「可愛い」のドラマだった様です。

 続投の人はもう良いでしょう。但し桜木先生については、3話最後の「馬鹿とブスこそ東大に行け」のシーンは本当にしびれましたね。*6BGMの入るタイミングも完璧でした。俺が「ひょっとしたら前作超えあるんじゃね?」と最初に思ったのもこのシーンでした。

 

 もう本当に素晴らしいドラマでした。何年かに1回、俺の中の「心を大きく動かされた作品リスト」が更新されるのですが、大概はゲームとかアニメで、ドラマは初めてな気がします。

 制作に関わった方々に、本当に感謝です。

*1:因みに、2の東大二次初日のBGMもめっちゃ好きです。前作の方は敵の強大さが強調されている感じで、2の方はどちらかと言うと立ち向かう生徒達の勇気とか希望とかが強調されている感じですね。どっちもラスボス戦BGMの鉄板です。

*2:「勇者藤井」はツイッターで見掛けた表現をお借りしました。

*3:日本のドラマに泣かされたのは初めてな気がします。

*4:一方で俺はと言えば、一応、乗り越えたつもりなのだけど、実際のところ未だよく判らない。

*5:俺は一応、元バドミントン部です

*6:その前の演説タイムはやや説教臭かったけど(笑)。

昔の自信。

 自分語りです。

 先ず、小学生時代は超が付く程の糞餓鬼で、まじで勉強とは無縁でした。ただまあ、授業や普段の発言から、漠然と「教師達は何か頭が悪い」とかは思っていましたね。例えば、教師が「0では割れない」と言っていたのが理解出来なくて、自分で色々考えた結果「0で割ると無限になる」と勝手に結論付けて、テストで「5÷0」という問題に「むげん」と平仮名で答えた事が有ったんです。勿論、バツにされたんですが、それに抗議した俺への教師の``説明''が(詳しくは覚えていないのですが)大層得心のいかないものだったんですよね。これだけが原因だったかは覚えていないのですが、まあでも大体この辺りの頃から、漠然と教師に対して「こいつ等、普段は何か偉そうにしているけど、案外、何も理解していないんじゃないか?」みたいな風には思っていましたね。

 

 そんな俺が勉強に目覚めるのは、中学生になってからです。別にうちの両親は全然``教育熱心''とかではなかったのですが*1、流石に俺が余りに勉強しなかったのをまずいと思ったのか、中学に入った時に一緒に塾にも入れられたんですよね。ですがその塾がもうまじで意味不明なスパルタ塾で、しかも学力順にクラス分けされ、下のクラスにはまじで人権が無い。勿論、俺は1番下のクラスから始まり、てかそれどころか余りに勉強が出来ないんで更に下の特別クラスに入れられ、そこですらついていけないから、とうとう「お前だけ毎日来い」ってなりました(当時の通称``下の下の下クラス'')。英単語「chair」が覚えられなくて、500回くらい書かされたのを覚えています。周りの連中からは兎に角「馬鹿w馬鹿www」と煽られたもんですが(人権無いんで)、しかしながら、この環境が当時の超負けず嫌いの俺には抜群に合いました。周りの糞野郎共を見下し返してやろうとまじで勉強しまくって、そして中学校2年生の終りに、人生で初めて、定期試験の点数が学校の学年(=クラス)で1番になりました。それ以来、確か1回やらかした以外はずっと1番でしたね。しかも件の塾(地元では進学塾として割と有名だった)の模試でも何回か塾内1位になったんですよね。「俺様は天才である」と心から確信していました。勿論、全国模試のランキングとかで「世の中には自分よりも頭が良い人間がいる」という事は知ってはいたのですが「そんな連中は本当に一握りであり、俺様が天才である事に変わりなかろう」と本気で思っていました。

 

 ところが高校では、部活とAV鑑賞とゲームと``自分の数学''に夢中になってしまって、成績は最終的にクラスで下から2番目くらい迄落ちこぼれてしまったんですよね。*2ただ「まあ勉強してないからってだけだろ」と割と本気で思っていて、余り気にはしていませんでした。まあつっても流石にまともな大学への現役合格には間に合わんだろうという事で、部活最後の大会が終った段階で浪人する事を決めていました。なので高3の受験期は、浪人した時の計画を立てる事に夢中になっていました。一応、曲りなりに``受験勉強''もしたのですが、結局、センター試験の点数は確か560/900くらいで、地元の大学(千葉大)にすらお話にならずに落ちました。あれ程、落ちても何とも思わなかった試験は、今のところ他に無いです。

 

 「俺様は優秀だからやれば出来る」という自信は(若干の不安は込みだけど)有ったので、その事を証明する為にも、かなりの覚悟を持って浪人生活に入りました。その為の計画は練りに練っていましたしね。また、同じく浪人した高校の連中*3とダレる事を避ける為、敢えて俺だけ東京の予備校(代ゼミの本部校)に通う事にしました。結論から言えば浪人生活はかなり上手くいったのですが、でもそれは俺の力だけではなくて、他に3つの偶発的な要因が在りました:

  • 1つ目は、自分が浪人生活に入る直前の2011年の春に、東日本大震災が在った事です。自分が住んでいた千葉もかなり揺れて、また連日の報道を見て、何も出来ない自分の無力さに何か物凄い屈辱感の様なものを抱きました。そして「若し人間がこういう事態に立ち向かう術が在るとしたら、それは恐らく頭の良さだろう」みたいな風に何と無く思いました。今思えば、勉強するかなりの後押しになっていた様に思います。
  • 2つ目は、予備校の数学の担当だった荻野暢也先生(接点Tの人)の授業初日の言葉です:「君たち、まさか今日「一緒に昼食を食べる``友達''ができるか」なんてことで悩んだりしてはいないだろうね?はっきり言っておくけど、そんなのは少なくとも今年の君の``友達''などではない。今年の君にとっての友達は、話したこともない、毎日自習室に君と一緒に最後まで残っている、そんな人のことだ。浪人する以上、これくらいの覚悟を持ってほしい。」確かこんな内容だったと思います。俺の心を読んだかの様に図星を付かれたので、本当に衝撃でした。友達とダレない為に態々遠くの予備校に来たのに、俺はその日、完全に「1人で昼食を食べる事」に悩んでいました。「絶対に駄弁る友達を作らない事」「毎日最後の1人になる迄、自習室に残る事」この2つを心から誓いました。後者はまじで1年間ずっと実行しました。前者については、結局、3人友達が出来てしまったのですが、その3人も本当に真面目な奴等と自然に仲良くなっただけでしたし「勉強時間を削って話し込む」なんて事はまず無かったです。
  • 3つ目が恐らく俺の中で1番大きな切っ掛けで、それは、中学の頃に好きでしかも仲も良かった女の子と、予備校の近くで再会した事です。しかもその子、何と殆ど隣の専門学校に同じ電車で通っていたのです。本当に情けない話ですが、俺、人生でまともに人付き合いが出来た女の子がその子だけで、しかも普通に滅茶苦茶可愛かったんで、(高校3年間で殆ど関わりが無かったにも拘らず)当時は未だその子が俺の中で本当にでかい存在だったんですよね。そして、俺が足踏みしている間にその子はちゃんと人生を先に進んでいる。しかも俺の姿を目にするかも知れない身近にいる。「恥ずかしい姿を見せる訳にはいかない」という強い思いが生まれました。結局、10代の心を強く動かすものなんてのは、色恋沙汰だけなんですねえ。

 と言う事で、強い決心に加え極めて強力な3つのアシストが在ったお陰で、浪人時代はまじで今思い出しても「一寸おかしかったんじゃないか?」と思うくらい勉強しました。授業も込みで、1日13時間半くらい勉強していました。予備校のクラス担当の方に「身体を壊すから少し勉強を控えた方が良いんじゃないか」って何度も言われる程でした(笑)。その甲斐も在って、高3の冬の時点で47だった偏差値(国立記述模試)が、何と浪人の夏には77になったんです。生物は全国で12位。いやまじ凄くね?で、凄いのは良いんですが、いや俺の駄目な所ですねえ、その模試の結果を貰って以来、電車や町で会う他人の事が、ゴミか何かとしか思えなくなってしまったのです。あれだけ綺麗な心で勉強初めたっつーのに、まじ何やってんだよって話ですよね。いや、受験のストレスの影響も在ったっつー事で許して欲しいのですが、自信が即傲慢に繋がってしまうところは、本当に俺の悪いところです(未だにやっちゃう気がします)。っつー事で最初は九大だった志望校*4を京大に変えたんですが、*5ここで数学が伸び悩んだんですよね。数学だけ、何故か偏差値が60弱から70弱の間で振れまくって安定しない。数学の偏差値が低い時の模試だと、京大はB判定になってしまう。加えて、何年かに1度の難しい年の京大数学には、まじで歯が立たない(2完以下になってしまう)。3回受ければ2回は受かる自信が在りましたが、浪人して後がない状況でこの博打をする勇気は俺には有りませんでした。結局、センターも8割一寸しか取れなかったんで、大人しく九大農学部に入学しました。*6

 

 今は数学科にいる俺が、初め農学部に行った理由は2つです。1つは、昔から生き物が好きだった事。もう1つは、大学入試の頃に数学が1番成績が悪かったから、数学科でやっていける自信が無かった事です。ですが、この選択は間違いでした。先ず、農学部って女の子が多くて、学生が全体的に「大学生大学生」している。陰キャの俺には中々に厳しい環境です。しかも俺、下の名前が「勝男」なんて面白ネームなせいで、初日にクラスの女の子集団に囲まれてしまったんですよね。まじで焦りました。高校の頃は理数科、浪人時は一匹狼だったせいで、俺ってほぼ4年間、歳の近い女の子とまともに会話をしていなくて、その間に、女の子と何を話せば良いのかが判らなくなっていたのです。衝撃でした。女の子と目を合わせていると、首が震えるのです。「あれ?俺ってこんなにコミュ障だったっけ?」ってなりました。しかも不幸にも、そんな俺の心境を知らずにただ女の子に囲まれているところだけ見ていた一部の男連中から``チャラ男''の烙印を押されてしまいました💩 思えばこれが最初の切っ掛けで、更に部活で上手くいかなかったり脚に病気が発覚したりと色々な不運が重なったせいで、もう俺は完全に大学生活を放棄したいという気持ちになっていました。そんな時にふと思い出したのが、大好きだった(でも諦めてしまった)数学でした。どうせやる事も無いので、大学入試の数学の復習、そして数学科が皆躓くという「イプシロンデルタ論法」の勉強をしてみる事にしたのでした。この時に出会ったのが「入試数学の掌握」という大学入試数学の参考書でした。この本については色々な所で語っているのでここでは控えますが、兎に角、こいつのお陰で、今、このブログでしている事の土台が出来ました。更に、イプシロンデルタも何か解るし何なら面白い。「俺は矢張り数学をせねばならない」と盲信するに至りました。思い付いた方法は再受験と転学部の2つだったんで、両方の準備を開始しました。丁度良いところに「脚の病気」という言い訳が在ったので、こいつを使って休学をして、先ずは京大再受験の準備を始めました。数学で満点近く取れると確信していたので、自信は有りました。しかし、センター対策を一切せずにいったら、何と得点率70%を割って足切りされてしまった!序でに後期で出願していた神戸大の数学科も問題文を読み間違えて逆転出来ずに落ちてしまった!*7ではまあ仕方無いので今度は九大数学科への転学部ですが、こちらは上手くいったので、無事、数学科生になる事が出来ました(但し1年下に実質留年で転属。浪人と合わせて+2)。

 

 数学科へは、もう本当に自信満々で転学部しました。農学部に入学した時点で既に九大生の中では最強クラスの知能が有ると確信していましたし、数学も(数学科生が皆躓くと専らの噂のイプシロンデルタも含めて)完全に克服している。しかも相手は実質2つ下の学年。「負ける筈が無い」と思っていました。この自信は、それこそ演習発表の時間なんかに滲み出ていたかと思います。*8そんな自信満々だった俺が数学科で出会ったのが、KとMの2人でした。発表とかを見て、只者ではないとは薄々感付いてはいましたが、それでも最初の半年くらいの間は「まあ九大にもこの俺様の足下くらいには及びそうな奴もいるのかw」程度の認識でした。そんな時、彼等2人でやっている自主セミナーに俺も参加する事になったのですが、これがまじで衝撃でした。2人のやり取りが全く理解出来ない💩 俺の中での彼等への評価が完全に誤りであった事を明確に認識しました。Mは発想の引き出しが凄く豊富で、そしてKは兎に角理論を吸収するスピードが尋常ではない。勉強という種目で、初めて「まじで勝てない」という相手に現実で出会ってしまいました。ですが、ここでは未だ俺は全く折れていませんでした。と言うのも、俺は「大学入試数学に浪人時代に1度躓き、そしてそれを大学に入ってから克服した」という経験から「俺は才能よりも方法論の人間だ」という自覚を持っていました。なので「じゃあこの正攻法では全く敵いそうに無い奴等に、何とか方法論で勝てないか?」という方向に直ぐに考えがシフトしました。出会ったと言っても、所詮、2人だけだった事も大きかったのでしょう。俺が九大数学科で``トップクラス''の人間である事には変わり在りません。と言う事で「勝てない相手に出会って挫折する」という数学科のテンプレは回避出来た訳で、数学科2年、3年前期は割と穏便に過ごす事が出来ました。「数学者になりたい」ってはっきり思う様になったのも、大体、これくらいの時期でしたかね。ですが、転機は3年後期から始まる個別セミナーでした。俺は上野健爾って人が書いた「代数幾何」という本を勉強する事にしたのですが、この本が兎に角、読めねえ💩 「スキーム」という複雑な対象が在って、そいつを定義した辺りから、本の証明が全く読めなくなってしまったのです。それでも「読めねえなら全部定義から俺様が示してやる!」つって最初は何とか凌いでいたのですが、それも出てくる定理自体が難しくなると段々出来なくなっていってしまって… しかも自分で勝手にした証明をセミナーで発表してると先生はどんどん不機嫌になっていくし… 本の半分に到達する前に、もう殆ど自力では何も出来なくなってしまって、しかも先生に聞いても何言ってるのか殆ど解らないし… これが大体、学部4年の半ばから修士1年の半ばくらいの話です。しかもこの「代数幾何」って分野、研究者の間では``基礎''っつわれてるんですよね。この頃になると、段々とクラスメイト以外の数学コミュニティの話も入ってくる様になって、誰々はもう代数幾何の本を読み終わったとか論文を書いたとか、``2人だけ''だった筈の``俺の上''は、いつの間にかそれはもう沢山になってしまっていました。この頃はもう本当に数学が嫌で嫌で仕方が有りませんでしたねえ。先ずはセミナーの準備が苦痛で仕方が無い。結局、1週間掛けても出来ない様な内容の発表準備を、その上、セミナー当日の深夜になる迄一切やらない、みたいな日々が何ヶ月も続きましたね。俺って「自分が優れているという自覚が有る状態から、更に上に行く為の努力」なら幾らでも出来るのですが、「自分が平均未満の状態から、それに追いつく為の努力」は、如何やら全く出来ない人間だった様です。*9そして、自分が今迄見下してきた人達に対して、本当に申し訳無い気持ちになりました。自分も``弱い立場''に立たされて初めて、``弱い立場''の人間の気持ちを理解するに至ったのでした。

 

 かくして自信を完全に失っていた俺が、如何にしてまあ今程度にまた自信を取り戻すに至ったのか、もう少し(?)書く事にします。切っ掛けは、修士1年の夏頃です。「滅茶苦茶腹が痛くて、しかもうんこが殆ど出なくなり、その上たまに出るのが血便だったりする」って時期が1ヶ月近く続いたんです。まあ今考えれば如何考えてもセミナーのストレスだった訳ですが、当時の俺はもう正常に思考出来る状態ではなかったので「何かの悪い病気で、きっと俺は死ぬんだ」と本気で思い込んでいました。しかしながら、これが結果的に良かった。いや「死ぬかも知れない」と本気で思った時、やれ本が読めないだのセミナー中に先生の機嫌が悪いだのなんて事が、もう本当、心底如何でも良くなったんです。結局、検査は何の問題も無くて、そしてこれが切っ掛けで、俺の数学に対する想いは以前とは丸っきり変わっていました。もう兎に角、自分が自分に勝手に課していた、変な拘りだとかプライドみたいなものが、綺麗さっぱり消え去っていたのです。っつー事で恥を晒す事を恐れなくなった俺は、先生に「もう難しくて嫌だからこれ以上この本(代数幾何)は読みたくない」とはっきり伝えて、代数幾何セミナーを終りにしました。この時、修士1年の半ば。結局2年間、セミナーでは殆ど何も身に付かず、数学力はほぼ学部3年の頃と同じ状態です。目下、取り敢えずは修論を書いて修士課程を卒業する事を考えなければいけない。っつー事で先生に(こっちが勝手に溜め込んだ)これ迄の鬱憤を晴らすかの様に「研究の仕方を教えろ」「論文を寄越せ」「こんなの読めない別のを寄越せ」みたいな事を(勿論、こんな言い方はしていないですが)言いまくった記憶が有ります。そして出会ったのが、我が専門「高さ函数」です。学部3年迄の知識+αくらいで取り敢えず定義は理解出来る対象で、しかも議論に俺が好きな「イプシロンデルタ論法」が頻繁に使われます。俺には打って付けの研究対象でした。こいつについて、勉強ではなく、兎に角、自分の手で色々と考えたり調べたりしてみました。「考えたり調べたり」つっても、本当に素朴で稚拙な事ばかりやっていた訳ですが、でも代数幾何の勉強と違って「確かに俺が俺の手でちゃんと理解しながらやっている」と実感出来る事が、兎に角、とても楽しかったです。んで、俺は自分が理解出来た内容をノート(てかテフ)に纏めるのが好きなんで、調べた事の纏めノートの作成を同時並行でしていたのですが、軽い報告のつもりでそのノートを先生に送ったら、何と先生から「取り敢えずこれで修士論文はOKですよ」と言われて、これで最後の懸案事項だった「修論」もあっさり終ってしまいました。完全に忘れつつあった「数学者」という夢が、再び俺の中で色を帯びていきました。こうして「最初に思い描いていた「難しい理論を勉強して、流行ど真ん中の数学で良い論文を書いて」みたいな数学者になる事は難しそうだけど、一方で「他人と違う方法論で斜め上を生きていく様な数学者」になら、ひょっとしたらなれるんじゃね?」みたいな勘違いを起こし、そして現在に至る訳です。

 

 と言う事で、以上、(鈍感なお陰で)自信満々だった俺が、その自信を失い、そこから再度ある程度自信を取り戻して今に至る迄の過程を書いてみました。いや、直ぐに終らせるつもりだったんですが、やっぱ俺、自分の事が好き過ぎるんで、見事に長くなっちゃいましたね。2時間も文章打ってたわ💩 まあこの様に今は今で自分の事が好きだしそれなりに自信も取り戻した訳なんですけど、まあふと、昔みたいな「俺様俺様」したパワフルさはやっぱ無くなっちゃったなあ、っと思って、懐かしむ意味も込めてだらだらと自分語りをしてしまいました。こういうのもその内、黒歴史になるのかもだけど、まあツイッターで宣伝しなきゃ殆ど読む人はいないでしょう(つって出来れば沢山の人に読んで欲しいかもとかも一寸思ているからブログに書くんだけどね)。

*1:勉強を強制しなかったというだけで、うちの両親は「人の親」としては最高クラスに出来た人間だったと思っています。

*2:``自分の数学''ってのについて補足しておきます。高校数学って、特に(当時はこんな言葉知らなかったけど)論理や集合や写像に関する部分を色々と誤魔化しているところが気に入らなくて、テストそっちのけで、兎に角、解らない基本的な所を自分で納得する迄、調べたり考えたりしていました。他には、メネラウスの定理(俺にとって「成績の為ではない、初めてちゃんと好きになった数学」でした)の拡張とか高次元化とかも色々と調べていた記憶が有ります。

*3:公立進学校あるあるですが、うちの高校って兎に角、浪人率が高くて、地元の予備校は知り合いだらけでした。

*4:因みに、千葉県民だった俺が何で九大志望だったかっつーと、先ず目標は最低旧帝大で、でも「1年で東大京大は流石に難しいだろう」ってなって、そして北大はネットで``千葉大と同じくらい''って言われていたんで嫌で、東北大と名大は地震が恐くて嫌で、そして阪大はシラバス見ると必修だらけで「大学に入ってまでこんなに授業を強制されたくない」と思って、っつー事で、完全に消去法でした。

*5:東大も必修の単位数が凄かったんで行きたくありませんでした。

*6:ただ、俺の受験年は2012年だったのですが、皆様ご存じの通り、この年の京大理系数学は正にその「難しい年」であり、あの年に京大を受けたら俺は先ず間違い無く落ちていたので、まあ結果的には正しい選択だったのでした。

*7:いや、これはまじで普通に解けた易問でやっちまったんです信じてください。センターのビハインドがでか過ぎて、1問ミスが致命傷になった様です。

*8:2つも年下の子達相手に、本当、何やってんですかねえ。不愉快な思いをした人も多かったかと思います。本当にすみませんでした。

*9:中学の頃の塾時代や予備校時代も「平均に追いつく立場」ではあった訳ですが、当時は自分の才能に自信が有ったんで、俺の中では勝ち試合でした。一方でこの時は、既に自分の才能に自信を失い始めていた訳で、以前とは訳が違います。

主観と客観の区別。

 ツイートしようかと思ったんですけど、一寸長くなったんでこっちで。*1

 

 タイトルの通りです。主観と客観の区別を付けずにものを言う人間が多いですが、基本的には害悪だなあ、と思って。某ゆきの「あなたの感想ですよね」ってやつです。これだけ煽られてんのに、未だにやってる人間、多いですよね。

 俺は一応、数学で教師もやってるんで、指導者を例に考えてみましょうか。この例で言うと、つまり「単に自分が好きってだけのもの」と「多くの人が学ぶべきもの」ってのは、基本的に異なっており、それを分けて考えられない人は、まあ基本的に指導者には向かんだろうという話です。勿論「指導要領に入っている」という意味では、学校の各教科の内容はどれも学ぶべきものではありますが、そうではなくて、「人生に必要か」とか「人生を豊かにし得るか」みたいな話です。例えば初等幾何。三平方の定理くらいなら未だしも*2、意味不明な補助線の引き方なんか、如何考えても生きていく上で必要無いし、殆どの人にとって生活を豊かにする様な類いのものではありません。勿論「だから教えるな」と短絡的な結論を出したい訳ではありません。そうではなくて、例えば作図問題が出来なかった学生に対して、人間性や社会性みたいな、全然関係の無いものの否定を含意するかの様な事を言い放つ``教師''とか、世の中に結構いるのではなかろうかと。こういう``教師''を糾弾するのが目的です。初等幾何なんてのは、数学教師が好きなだけのもの、或いは数学教師の飯のタネってだけのものであって、その出来不出来で学生に何かネガティヴな物言いをするなんてのは、寧ろてめえの方こそ頭おかしいんじゃねえか、って話です。こういう一般論的に不要な内容ってのは、教師は飽く迄「俺は好き」つって紹介して、それで食いついてきた学生にだけより詳しく話してあげれば良いのです。いやてか若い子とかを見ていると本当に思うんですが、``数学教師''のネガティヴな物言いが原因で数学アレルギーを起こしちゃう子が如何に多い事か。何か``数学教師''って、こういう「相手の気持ちを考えてものを言う」みたいなの、出来ない人が多いんですかね?まあ俺も大概、他人の事を言えたもんではありませんが、少なくとも俺は「俺は他人の気持ちが判らない」ってのと「だから気を付けなきゃいけない」ってのぐらいは意識しています。*3てか、他人の数学の不出来を偉そうに指摘する前に、てめーはちゃんと逆像と逆写像の違いやら商集合の元の形やらをきちんと解ってんのか、って話ですよね。てめーが理学部数学科で如何いう立場だったか思い出したら、少しは数学が出来ない人間の気持ちも考えられる様になりそうなもんですが、逆像と逆写像を混同している様な奴等には、それだけの知能すら無いんですかねえ。*4

 

 さて``要らなそうな数学''の話をしたんで、「要りそうな数学」の話もしておきましょうか。例えば三角函数とか指数函数。馬鹿な政治家とかが``要らない数学''としてよく挙げる名前ですが、理系卒のエンジニアなんかはまじで良く使うんじゃないでしょうか。確かに日本人全員には直接は要らないかもだけど、これを教科書から外したら、恐らく日本社会は数年後には壊滅する気がします。これも(さっきの教師の話とはまるっきり逆の)「主観と客観の混同問題」ですね。そりゃあ昼間は会議中に寝て夜は三密会食するだけの人達には要らないかもだけど、これが無くなったら世は如何なるかって話ですよね。数学が要らないんじゃなくてお前が数学に要らねえんだよまじで。てかねずみ講にでも引っ掛かって「馬鹿」つってワイドショーで笑いものにでもされやがれまじで。勿論、全員には要らないから全員に強制するのは良くなくて、でもだから高校は理系文系に分かれるんですよね。

 

 っつー事でまあ、書きたい事はこんなもんですかね。

*1:やる気が出ない時って、こういう文章を書きたくなってしまうんですよね。良くない感情な気がしますが、まあ書いてスッキリしたらやるべき事に取り掛かるって事で。

*2:流石に三平方の定理は理系だと知っていないと多分色んな人が困る。主に建築関係とか?

*3:「いや意識出来てないじゃん」って思う人、まじで多い気がします。いや本当、その場で教えてください。感謝しかしないです。

*4:何かさっきのさっきで自分が書いた事が思いっ切りブーメランとして飛んできそうな文章ですが、でも「逆像と逆写像の混同」と「主観と客観の混同」は、どちらも「少し落ち着いて考えれば明らかに違うと解るもの混同している」という点で、何か似た様な問題でもある気もします。あーいやでも今は「主観と客観の区別」ではなく「相手の気持ちを考えろ」という話との比較だったんで、やっぱこの文章は駄目だわ。すいません。

虚しみが深い。

 何か一寸、自分語りにはまりそうなので、これから割と頻繁にやるかもです。

 いや、戦争映画の戦闘シーンを幾つか見てたんですけど、人間が一瞬でバラバラになったりして、本当、凄まじい恐怖を感じます。「人が死ぬ」という一大事が、一瞬で起きて一瞬で次のシーンに移行して…こういうのを見ていると、本当、身体を鍛えてんのも虚しくなってきます。どんなに身体を鍛えても、あの状況に置かれたが最後、殆ど意味が無いものになってしまう。*1一個人の存在のちっぽけさを自覚させられてしまいます。

 まあでもそうなるとやっぱ「そもそもあの状況に身を置かずに済ませる」しか無くて、それにはやっぱ、勉強して頭良くなるしか無い気がします。明らかに人間は肉体的な強さよりも頭脳優位の存在ですからねえ。でも、そう思って知性の業界に身を置こうとしている俺は今、矢張り才能の差で自分のちっぽけさを自覚させられている訳でして。「絶対に勝てない」と思う人が「絶対に勝てない」って思う人がいて、その人にもまた「絶対に勝てない」って思う人がきっといて。いや、勿論、理想論としては学問って勝ち負けではない訳なんですが、実際には研究費が取れなかったり、就職出来なかったり、或いは研究集会で発表して「あの人の数学は大した事ない」なんて思われたり、確たる現実として「勝ち負け」が存在します。うーん、何とか搦め手で生き残っていけないものか…

 戦争にしろ競争社会にしろ、人間って本当にちっぽけな存在で、でもそういう状況を作っているのもやっぱり人間で。あーもうまじ本当に何もかもにむかつきますわ。こうなると段々「神になりたい」みたいな妄想に憑り付かれてしまう訳なんですけど、現実から逃げる為に妄想に憑り付かれ過ぎると、現実の状況が悪化していってしまうんで、まあじゃあ妄言はこのくらいにして、また業務に戻りますね💩

*1:勿論、例えば脚が速けりゃ多少生存率は上がるかもですけど、高が知れているでしょう。

数学を続ける(続けたい)理由。

 業務の息抜きに少し自分語りをば。

 俺が数学を好きな一番の理由って、恐らく「数学が知識として1番普遍的で確りしている」と思うからなんですよね。だって、サイエンスは所詮、観測結果から帰納した知識に過ぎないし、言語なんかはそもそも人間が作ったものな上に、時代背景みたいな下らないものに左右されて直ぐに文法的に美しくない例外とかを生み出してしまうし。それに比べて数学は、全て公理から演繹されているし、定理に例外は存在しないし(「この場合は成り立たない」みたいな主張の述べられ方は在るけど)、現実とか社会とかそういう下らないものが介入する余地が無い(少ない)のが最高です(勿論「どういう分野が発展していくか」みたいなのは大いに人類の観測能力や時代背景に依存する訳だけれど、だから俺はそういう臭いがする分野は余りやりたくない)。俺って兎に角「自分が人間である事(もっと言うと、存在が実体に依存している事)」と「自分がよく知らない他人」が大嫌いなんで、出来るだけこういう``汚くて惨めな現実''から遠くに在る、より普遍的なものが好きなんだと思います。後はこう思う様になった切っ掛けは、やっぱ大学受験ですかね。いや、沢山の科目を勉強する訳ですが、他の科目は結局は最後は「現実にこうなのだから後は覚えるしか無い」みたいな説明をせざるを得なくなるし、しかもそこを覚えちゃえば何か偏差値は直ぐに70超えるし、詰まんないんですよね。一方で数学は、もうまじで全部自分で納得出来るし、しかもそれで挑んでも偏差値60くらいだし、いや本当に学問として1番優れている気がしてなりません。

 もう1つの理由は「才能の無い人間(俺)が、方法論だけでこの特別な学問に何処迄太刀打ち出来るか、試してみたい」ってのもですかね。いや、入試の攻略法とか書いているのからも判ると思うんですけど、俺って兎に角「再現性の高い方法論を考える」ってのが大好きなんですよね。だからこそ、自分の中で特別な学問であるこの数学で、自分の方法論を何処迄作れ、そしてそいつで何処迄太刀打ち出来るのかを、是非試してみたいんです。

 っつー事で、俺って数学自体よりも、「数学の在り方」とか「方法論」とかそういうのばっか好きで、だから勉強は全然好きじゃないんですよね。てか、そもそもよく知らない他人とか嫌いだし、そんな連中が(俺にとって)難しく書いてある文章とか、まじで糞程にも読みたくねえ。権威とかも大嫌いなんで「皆が「大事大事」言ってるけど、その重要性を俺が認識出来ていない分野」とかも、ヘイトの対象でしかねえ。