予備校講師採用試験に2回落ちた九大チンカス院生の入試数学語り。

毒舌、下ネタ注意。※年々自信を失い、それに伴って毒もマイルドになってきています。

「この人からは嫌われてもいい」という人リスト。

 自分の中に在る(恐らくかなり不健全な)防衛機制の1つをはっきりと言語化する事が出来たので、記録しておきます。恐らく俺はこれ迄、自分の中に「「この人からは嫌われてもいい」という人リスト」を無意識に作っていて、そこに入っている人間から嫌われる事は気にしないできました(という立場を取ってきました)。一方で、俺はリスト外の人から不意に嫌われる事をとても恐れてきました。だから人に嫌われていそうと自分が思い込んでしまった時、「自分は嫌われている」という事をはっきりと認識してしまう前に、その相手をリストに入れてしまう事で、心理的自己防衛を図ってきたのだと思います。そして俺はこのリストに入れた人間とは、基本的に一定の距離を置いてきました。

 今回、或る出来事が原因で、とあるとても尊敬している奴をこのリストに(無意識に)入れようとしていました。そしてこれを切っ掛けに自分の中で違和感を覚えた事で、この悪しき防衛機制言語化する事が出来ました。若しこれをせずにそいつをリストに入れてしまっていたら、恐らく未来の俺はとても後悔し得たのではないかと思います。思い返せば、リストに入れるべきではなかったのにそうしてしまった人も何人か思い当たります。

 俺は(或いはその風貌とは裏腹かも知れないけれど、)とても神経質で小心者で他人の目を気にする人間です。ここ何年か(リストを無意識に作っていた事に由り)「他人から嫌われても気にならない」という事が何回か有り、そのせいで``他人の目を気にし過ぎるのはそろそろ克服出来たかな?''と思い込んでいたのですが、今回の発見から、恐らくそれは勘違いであったのだと判りました。リスト自体は便利なので存在を認識した上で運用を継続しようと思いますが、一方でこのリストの濫用する事に由り将来的に後悔し得るリスクについては、ちゃんと考えていかなければならないと思いました。こういう不安感って、こうして言語化する事で前向きに解消出来る事が多いですよね。

 

追記:いや俺は普段から「自分の人間関係から排除する」という表現を(主に頭の中で)よく使っていて、上記のリストはこの「自分の人間関係」のコンプリメントの事だと思ってほぼ間違いない気がしてきました。なのでリストの存在自体は新しい発見ではなく、今回の収穫は「そのリストの運用方法が不健全であった」という事への認識ですかね。