予備校講師採用試験に2回落ちた九大チンカス院生の入試数学語り。

毒舌、下ネタ注意。※年々自信を失い、それに伴って毒もマイルドになってきています。

「数学が好き」vs「“数学が好きな自分”が好き」

 これから色々書いていきますが、まあ大体、タイトルでどんな話をするのかは判ると思います。俺は数学の人間なので数学で話をしますが、多分、数学に限った話ではなく、他の任意の趣味に対しても成り立つと思います。それと、俺は知らないですが、恐らく心理学とかではもう「○○性自己愛何とか症」みたいな名前が付いて議論され尽くされている話題でもある気がします。

 

 さて、先ず初めに言っておきますが、俺は間違い無く圧倒的に後者です。てかもう、自分の事が好きで好きで仕方が無いです。勿論、完全にどっちかみたいな話ではないとは思うし、俺も少なからず数学が好きってのもあるとは思うのですが、仮に数学が好きだとしても、その理由にも色々在ると思います。例えば:

・本当に数学そのものが好き;

・何か得意で褒めてもらえる/優越感に浸れるから好き;

とかでしょうか。残念ながら俺は如何考えても後者です。本当に数学が好きなら、こんな“哲学的”な記事よりももっと数学自体の話題を書く筈ですし、数学自体の話題だって、入試数学とか学部の代数みたいな、自分が程良く優越感に浸れるものしか扱っていないですし、これ等が正に俺が本当の意味での数学好きではない事の証拠と言えるでしょう。因みに、こんな風に正直に書いておけば、読んでくれた人は勝手に「ああ、この人は本当に数学と真面目に向き合っているからこそ、こんな風に自分に対して厳しくせずにはいられないんだろうな」みたいに好意的に解釈してくれるであろう事も承知しています。いや、俺はまじでチンカスです。更に、こうして先回り先回りして謙虚であろうとする自分の事も、俺は大好きです。

 

 っつー事で、「数学が好きなんじゃなくて“数学が好きな自分”が好き」「本当に数学そのものが好きなんじゃなくて、何か得意だから好き」というのを問題であるかの如く挙げた訳なんですが、結論から言えば、俺はこれ等自体は別に大して問題ではないと思うんです。何より俺自身がそうだし、第一線で活躍している数学者にだって、少なからずこういうところが有ると思います。但し、その事に自覚が無いと、(場合によっては周りにとっても)不幸の始まりである事が多いと思います。

 

 先ず、数学科に入ると大体の人間は何処かしらで挫折を経験します。例えばうち(九大数学科)だと、学部中に挫折を経験しない人間なんて、いても多分一学年60人中のトップ1, 2人な気がします。んで、高校数学って簡単なんで、うちに来るくらいの奴は才能(つっても大したものではない)だけで上手くいってしまったせいで、これ迄に数学で挫折を経験した事とかあんま無い人が多いんですよね。そしてそんな人達がいざ初めて数学で挫折を経験した時、この自覚が有るのと無いのとでは、精神的にえらい違いが出てくる様に思われます。挫折すると大抵の場合は数学するのがつらくなりますし、つらい時って大抵の人はそれから逃げたくなるじゃないですか。そうした時にさっきみたいな自覚が無いと、「好きな筈の数学をしたくないなんて、自分は本当は数学が好きじゃないんじゃないか?」みたいに悩んだりとか「大学の数学は俺には合ってないな」とか現実逃避をしたりする訳です。「いや、だから君は初めから数学なんか好きじゃなかったし、合ってないんじゃなくて単に大学の数学が難しいだけですよ」って話です。

 

 また、数学そのものが好きじゃないのに数学をしようとしている人って、往々にして“目標”の設定の仕方が現実的でないんですよね。数学自体よりも「かっこ良い響き」とかに憧れている場合が多いので、「フェルマーの最終定理の証明を理解する!」とか「abc予想の証明をフォローする!」みたいな目標を立ててしまいがちです。別に天才でそれを実行出来るんならそれで良いと思うんですが、まあ大体無理で、そうなると(先に述べた様な理由により)勝手に自分を追い込んでしまう場合が多いんですよね。

 

 っつー事で、残念ながら心から数学が好きな訳ではなかったけど、「数学が好きな自分でありたい」くらいに思ったのは事実な訳で、そんな片想いの対象であった数学で自分を追い込んでしまうのって、矢張り悲しい気がします。だけど、これはちゃんと自覚さえ有れば解決方法は簡単で、つまり、漠然とした憧れとかは取り敢えず置いておいて、現実的な目標を立てれば良いだけです。マスサイとかアーカイヴとかを一寸見れば判る事ですが、別にハーツホーンとかノイキルヒが読めなくても、出来る研究なんて幾らでも在ります。簡単な研究でも取り敢えず自分のオリジナルの結果を出して周りに認めてもらえれば、また段々と数学が“好き”になってくるってもんです。別に漠然とした憧れを持つのが悪いと言っている訳ではなくて、取り敢えず自分の精神衛生の為にも、自分の手に負える数学を1つ2つちゃんと持っておきましょう、って話です。精神的な余裕が生まれたら、改めて少しずつ憧れの為の数学にも手を付け始めれば良いだけです。これって別に負けたとか逃げたではないと思います。だって、出来ないもんは出来ないんだから、仕様が無いじゃないですか。色々言ってくる人もいるかもですが、大体は優秀な人の暴言か、身の程を知らない馬鹿の戯言なんで、(前者には敬意を払いつつ、後者は心の中で思いっ切り見下しながら)スルーすれば良いだけです。てか(これは俺の主観ですけど)、意地になって他人の数学ばかりを追いかけて結局自分の数学は何も出来ないってのよりも、簡単でもちゃんと1つ自分の数学をしているって方が、普通に格好良くないですか?

 

 

※まあでも、高校の頃の部活動で沢山練習したのに最後の大会で負けた思い出って、後々考えれば良い思い出だったりする訳で、まあなら卒業して普通に就職するなら、夢を追いかけて悩みまくりながら数学したってのも、案外甘酸っぱい良い思い出になるのかも知れません。どっちが良いのかは、一概に言えないのかも知れませんねえ。

 

※「場合によっては周りにとっても不幸の始まり」と初め言いましたが、数学を(純粋に)好きでもないのにその自覚がない奴の言動って、本当に好きな人からしたら、多分、聞いていて本当にイライラする事が多いと思うんですよね。俺ですら、受験数学しか知らなそうな馬鹿な東大生ユーチューバーとかが数学とか語っているの見ると、まじで反吐が出ますもん。他にも、解ってないのに解った振りをしたり、興味無いのに興味有る振りをしたりして、本当の数学好きから時間を奪うみたいな行為は、最早数学界に対しても害であると言っても過言ではない気もします。